5.27 「ゆうすけの朝」(3年生 道徳)終末に、担任の先生が自分が小学生だったときの話をしました。〜次の日、サッカーの試合があったのに、やりたいゲームを遅くまでやっていました。そのまま、サッカーの試合の支度をせずに寝てしまいました。次の日、なんと朝寝坊をした上に忘れ物もしてしまいました。その日は、試合に出られず、悔しい思いをしました。〜 わかってはいるけれども、なかなか計画的に行動できない・・・。 自分の生活について振り返り、考えた時間でした。 5.27「1年生と学校探検!」(2年)そこで、校内を案内しながらオリエンテーリングをする学校探検を行いました。 事前に、どの部屋を案内したいか、オリエンテーリングのシール集めで伝えたいメッセージは何か等を話し合い、準備を進めました。部屋の入口に貼るポスターづくり、シールづくりにはりきって取り組むのはもちろん、探検当日も、はりきって案内する姿はたいへん頼もしかったです。 「1年生のお手本となるようなかっこいい2年生になろう!」を合言葉にがんばっています。これからのさらなる活躍が楽しみです。 5.27「郷土学習」(3年)
5月17日(火)に郷土と天文の博物館からゲストティーチャーをお招きし、「昔の奥戸地域について」のお話を聞きました。
はじめに、現在の写真と昔の写真を見比べながら、奥戸地域の変化について学びました。また、奥戸小学校にある郷土資料室を活用しながら昔のくらしを知ったり、昔の道具を体験したりしました。子供たちも興味津々で、楽しく学習をすることができました。 この学習をきっかけに、さらに深い郷土学習につなげていきたいと思っております。 5.27 「今日の給食」〜5月お誕生日給食〜 ★煮込みカレーうどん ★ポテトサラダ ★オレンジケーキ ★牛乳 今日は5月のお誕生日給食でした。 3枚目の写真は、お誕生日のデザート「オレンジケーキ」を調理している写真です。 鉄板に生地を流してオーブンで焼き、型から出して等分に切り分けています。 オレンジジュースとマーマレードの入った生地はほんのりオレンジ色をしていて、給食室は甘い匂いでいっぱいでした。 2枚目の写真は「煮込みカレーうどん」を調理している釜の中です。 給食で使用しているうどんは、無塩(塩を使わずに作られています。)のため、おつゆをかけただけでは味気なくて物足りないため、奥戸小学校では煮込んで出しています。 かつお節と昆布で出汁で作る特製カレーうどんです。 子どもたちが食べる頃には、うどんにおいしいだしの味が染みて、美味しさ倍増!! ほとんどのクラスから空っぽになった食缶が戻ってきました。 5.27 「雨にも負けずプールへ出発!」(6年生・さくら)雨のため、いつもとは違う歩きやすいルートに変わりましたが、子どもたちは落ち着いて行動していました。 学校よりも大きなプールで泳ぎ、子どもたちはいつにも増して楽しそうです。 5.26「タブレットで朝顔の観察」(1年)5.26 「今日の給食」★ごはん ★ほっけの塩焼き ★ごぼうとツナのサラダ ★じゃがいもとたまねぎのみそ汁 ★牛乳 ほっけは、「魚へんに花(𩸽)」と書きます。孵化したばかりの幼魚の体の色が美しい青緑色をしており、群れで泳ぐと花のように見えることから、このような漢字になったそうです。 ほっけは鮮度が落ちやすいため、本州では主に干物をいただきます。今日のほっけも干物です。 中休みに「今日の給食は何ですか?」と聞かれて「ほっけの塩焼きだよ。」と答えると「やった〜!!」とガッツポーズした子どももいました。 1年生の中には初めて食べた子どももいたようですが、2年生以上は食べなれた魚ということもありよく食べていました。 5.26 「How is your school life? 」〜日常生活について伝え合おう〜(6年生 外国語学習)次回はアイパッド端末で自分の宝物の写真を撮って紹介し合う学習だそうです。どんな宝物の紹介をするのか楽しみです。 5.25 『うちら「ネコの手」ボランティア』 (6年生 道徳)「自分が由希だったら、どんな言葉で励ましたでしょうか」という質問に、一人一人がワークシートに自分の考えを書いていました。励ましの言葉の記述から、6年生の子供たちのやさしさを感じました。 また、「みなさんは、ボランティア活動をしたことがありますか。」といつ質問に、「クリーン活動」「委員会活動」・・・と、人のために役立つ活動についても振り返っていました。人のために役立つ活動ができる6年生です。授業を通してうれしく思いました。 5.25 「5月の避難訓練」 (全学年)1年生は初めての避難訓練でした。「おかしもちは」の約束を守り、真剣な表情で避難をしていました。 5.25「学校のじゃ口調べ」(4年)次に蛇口の道をたどっていき、屋上の高架水槽を探しに行きました。何度か屋上には行ったことがありましたが、屋上のさらに上にある水槽に「こんなところにあった!」と驚いていました。 5.25 「今日の給食」〜韓国の料理〜 ★プルコギ丼 ★トックスープ ★パイナップル ★牛乳 プルコギ丼は、韓国の家庭料理です。「プル」は火、「コギ」は肉を意味します。 今日はにんにく、しょうが、たまねぎ、りんごをすりおろして作った特製のタレで味付けをしました。 甘く深みのある味に仕上がったプルコギ丼は、1年生〜6年生までみんなに大人気でした。 トックスープは、わかめの入ったスープにトック(韓国のおもち)を入れました。1年生の中には「トック」を初めて見た子どももいました。 給食時間の放送で「トックは韓国のおもちだから、あわてて食べてのどにつまらせないように気をつけましょう。」と話しました。 トックスープは、少し大人の味でしたが、こちらも大人気で、ほとんどのクラスが空っぽでした。 5.24 「今日の給食」★ごはん ★シーホー(西湖)豆腐 ★はるさめサラダ ★グレープゼリー ★牛乳 「西湖豆腐」は、一見麻婆豆腐のように見えるのですが、辛みのない優しい味の豆腐料理です。トマトの酸味とニンニク、ショウガ、ネギの香味野菜をじっくり炒めた香りが豆腐にからみ、美味しさを増しています。 今日のように暑い日にはさっぱりとした「西湖豆腐」はぴったりで、子どもたちの口にも合ったようです。どのクラスもよく食べていました。 今日はお碗にごはんが盛りつけられる貴重な日です。子どもたちはお碗を片手に持って正しい姿勢で食べている姿が目立ちました。 5.24 「10をつくろう」(1年生 算数)10の構成について考え、理解する学習です。 「1と9で10」「2と8で10」「3と7で10」・・・。、 まとめでは学習したことを生かして、「すごろくゲーム」をしました。 神経衰弱の要領で、一人がカードを引いて出た数字をもとにして10になるように、もう一人がカードを引きます。 「〇と〇で10になる」を考えながら、ペア学習をする姿が見られました。 5.23 水泳指導、開始 (於:奥戸スポーツセンター)午前中に4年生、2年生、午後に6年生が奥戸スポーツセンターへ行きました。 指導は本校教員とインストラクターの方との連携で行っています。 今日までに、本校の先生方は、はじめての形態ですので、事前にスポーツセンターの方と打ち合わせをしたり、施設を何度か見に行ったり、準備をしてきました。 水泳指導中も、プールへの往復の歩行も安全に気を付けて進めていきます。 水泳指導中は泳力に合わせたグループ指導をしています。 子供たちは「久しぶりにプールに入った」「気持ちよかった」「もっと泳ぎたかった」「楽しかった」・・・と言っていました。 明日は、3年生、1年生、5年生が行きます。 5.20 自分のからだを知り大切にしよう(1年)「じぶんのからだをだいじにする」「おふろでせいけつにする」「ふざけない」などを確認しました。 来週から水泳指導も始まります。 今日学んだことを生かして、着替えもできるとよいなと思っています。 5.23 「今日の給食」★こまつなチャーハン ★はるまき ★わんたんスープ ★牛乳 今日は子どもたちが好きな「はるまき」と「わんたんスープ」を出しました。 はるまきやわんたんは、中国料理の中でも「点心」と呼ばれる料理です。 2枚目の写真は、はるまきを調理している様子です。 最初に釜の中で具を調理します。具の粗熱が取れたら、皮に包んで小麦粉ののりで封をして、油できつね色になるまでこんがり揚げます。 サクッとした食感がとても美味しく、どのクラスもほとんど残すことなく食べていました。 5.23「奥戸運動場のプールへ出発!」2年生今年度は奥戸運動場の温水プールを使います。 初めての場所、久しぶりのプールに子どもたちもとても嬉しそうな様子でした。 5.23 「奥戸のあゆみ」シリーズ4回目「困難な時代〜学童疎開〜」奥戸小学校の100周年の記念誌に載っている田島 義雄(たじま よしお)さんの「学童疎開の思い出」(当時6年生)を短くして紹介します。 私たち第一回の疎開児童117名は二学期の始まる前の月10日夜、引率の先生3名と寮母さんと数名と共に奥戸を出発しました。 行く前までは、遠くへ遠足に行くような気持ちでワクワクしていましたが、いざ両親兄弟友達に見送られると悲しくて胸が詰まる思いがしました。泣き出す子も大勢いました。 夜行列車で数十時間、新井の町には大きな工場があり、商店もあり、田園地帯の奥戸よりにぎやかな街でした。すぐに、広い大きな寺での集団生活が始まりました。夜になると家が恋しく、悲しくなり、布団の中で泣き出す子、怖くてトイレに行けない子・・・、私も、なぜ参加してしまったのかと後悔しながら、いつか帰れる日を思いながら布団に入る日々で寂しさが募るばかりでした。 戦争が一段と激しくなるにつれて食料が極度に不足し、空腹の毎日が続きました。サツマイモやカボチャなどを隣村までもらいに行ったこともありました。 学校に持っていく弁当箱には半分くらいしかご飯が入っていませんでした。地元の子のご飯いっぱい詰まった弁当を見ながら、少しずつ時間をかけて食べてお湯で腹いっぱいにしました。・・・(略) これは100周年の記念誌に載っているお話です。 今、テレビで「ウクライナ」のニュースを見たり聞いたりした人もいると思います。 昔、日本で戦争があった時代、奥戸の子供たちも、悲しく、つらい思いをしていたことが伝わったかと思います。 今の奥戸のみなさんの生活はどうでしょうか。 みなさんは、自分の家から学校に通い、おいしい給食も食べています。 みなさんと同じ年の頃の奥戸に通う子供たちが、昔、困難な(大変な)時代があったことを覚えていてほしいです。 5.16 「奥戸のあゆみ」シリーズ3回目 「奥戸村の風景」そこで今日は、副校長先生からお話をします。今日のお話は、「奥戸の昔」です。 今の奥戸小学校のある場所は、今から120年前の明治時代は、奥戸村といわれていたそうです。 奥戸小の周りは、広々とした見渡す限りの田んぼと畑の中に家が点々と見えた程度だったそうです。 このあたりに住んでいた人のほとんどが野菜作りを中心とした農家だったそうです。とれた野菜は、牛車やに荷車に積んで、神田や千住の市場まで運んでいたそうです。昼間は、田んぼや畑の野菜の収穫に追われ、夜は夜中に起きて市場へ行くので、大変な仕事だったそうです。子供たちも家の仕事を手伝っていたそうです。 でも、きれいな水の流れる用水堀があり、水の中には藻が茂り、フナやエビが泳ぐ川だっったそうです。この用水堀は、北沼交通j公園の道路のところだったそうです。大人でも腰がつくぐらいの深さで、夏には水遊びの場所となり、夏の夜には蛍も飛ぶ川で、大人たちは、洗濯物やふろ場の水としても使用していたそうです。 続きは、来週に校長先生からしていただきます。今週1週間も、けがなどをしないように安全に過ごしてください。そして、勉強も頑張ってください。 |
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