明治から『未来』へ 亀青小学校は創立152周年 未来を創造する亀青小学校「未来祭」

小学校の教科担任制をどう思う?

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「主体的・対話的で深い学び」を掲げる新学習指導要領に対応する指導の充実を図り、教員の働き方改革にもつなげるというねらいで、各教科を専門教員が受けもつ教科担任制の小学校高学年への導入推進が始まっています。
 令和2年度から始まった高学年での英語教科化、プログラミングの必修化などに伴う専門的指導力の発揮や学級担任の負担軽減を想定したもののようですが、教科横断的な授業がしにくいということも考えられます。すでに、具体的な取り組みも進められていますが、私は「子供の心の成長」、「学びに向かう姿勢」などもしっかり考慮して考えてもらいたいものと思っています。
 私の小学校時代の 先生は、昭和中期頃の先生です。6年生のときの担任は、単に知識を教え込む先生ではありませんでした。子供は「わんぱくでもいい、 たくましく育ってほしい 」 と 常に考えてくださっていたのだと今つくづくそう思います。
 昭和中期ですから子供が楽しいと思うような指導法はあまり考えていなかったと思われますが、授業中に学習の流れから脱線して話してくださる学習と少々関連がある体験談がとても面白く、また生活に生きるものでした。
 よく叱られ、放課後残されたことも多々ありましたが、嫌な気持ち になったことはありませんでした。掃除をさぼって女子に言いつけられ、残されたときも「さぼるのはいけない。でも、(言いつけられないように)上手く生きる ことも 大切だな!」と言われたことは今でも忘れられません。
 そんな、一言が常に「良い子」ではいられなかった私にとって、何故か自分の存在が認められ、とても安心して自信をもって生きることができるようになった「心に響く」言葉となったのかもしれません 。
『小学校高学年ともなると学習内容が難しくなり、指導力がより求められるようになる。 これまでも得意、不得意のある教員がいたが、理科や算数に苦手意識をもつ教員も増え ているという。専科指導の加配教員による指導をはじめ、授業交換などで自身の得意な 教科を担当することで専門性の高い指導を実現できるというわけだ。教材研究も教科を 絞って取り組めるため、じっくりかつ効果的に行うことができることから、働き方改  革につながる可能性もある。 』 など
と小学校教員を簡単にまとめられて表現されていることも悔しいですが、では以前から教科担任制の中学校教育は、そのように子供たちを育むことができているのでしょうか。
 この背景には、4つの目的があると言われています。
1 児童の学力向上
2 複数の教員が多面的に児童を見ることによるきめ細かな指導の実現
3 小学校から教科担任制に慣れ中学校への移行をスムーズにする「中一ギャップ」の緩和
4 教員の働き方改革 だそうです。
 優先的に専科指導の対象とすべき教科としては外国語、理科、算数、体育の4教科が挙げられていますが、これからは加速化して地域や学校の実態に合わせて教科担任制の趣旨、目的に向けた対応が求 められてきます。
 教科担任制は進むことでしょう。ですが、みんなが学校に来ることが楽しい学級にする(休まない)、自分に自信がもてることを見付けさせる(自己肯定感)、仲間と協働することに喜びを感じさせる(自己有用感)、常に目標をもって生活させる(向上心)。
 そんな目標を学級で掲げ、上手く先導していくことは、小学校「学級担任」の使命だと私は考えます。
 勉強を教えてくださったことよりも、一年間ともに生活をして生き方を教えてくれた小学校の担任の先生に、私は今でも感謝をしています。

5785時間

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「5,785」
 これは、何の数字だかわかりますか?
 本校の現在の教育課程で子供たちが「受ける」授業時数です。つまり、「6年間、頭を巡らせずに授業に臨んでいたとしたら、この拘束された 5,785 時間は「苦行」以外の何事でもありません。では逆に、積極的に頭を巡らしながら 5,785 時間に臨むことができたとしたらどんな人が育つでしょうか?
 さて、皆さんは小学生の頃、授業時数の何割程度、頭を巡らせて《考えながら》授業を受けていたのでしょうか。頭を巡らせて授業に取り組めた時間は、誰のおかげでしょうか。
 頭を巡らせずに、聞いたり書いたりしている中で何かと身につくものはあるとしても、その量は主体的に頭を巡らせていたときと比べたら微々たるもの(知識)でしょう。
 これからの時代に特に必要な力は、「知っている」という「知識」よりも、未知なる世界に対応できるようにする「思考力」です。あなたは、その何割くらいの時間、思考を働かせて学んでいましたか。
 また、思考を働かせて学べたのは誰のおかげだったのでしょうか。
 先生のおかげだけではありません。家庭教育のおかげでもあり、先生の話を聞かないでいたら親からも、社会からも怒られる「時代」「環境」のおかげでもありました。
 5,785時間、思考を働かせていた子供とそのほとんどの時間を何気 なく 過ごした子供には「差」が表れるのはあたり前のことです。
 ですが、この差をできるだけ少なく、同一歩調で全体的に発展できるようにしてきたのが日本の「一斉指導・教育」です。
 しかし、昭和の時代には「先生」をバックアップしてくれた、保護者がいて、社会がありました。平成・令和とすでにバックアップが少なくなっている時代に、先生が単なる一斉授業(教授)をしていたら、これは子供にとって苦行でしかありません。
 授業を「児童が主体的に学ぶ」形にできていないのに、一人一人の個性もつかまず、一斉授業をしていたら・・・。
 石の上にも3年。苦行は、3年間なら耐えられる、耐えさせられることもできますが、その反動は次第に表れてきます。毎日、5〜6時間の苦行を5,785 時間積み重ねなければならないと思ったら、そんな学校に・そんな授業に今の子供たちはまったく魅力を感じません。
 そこで、亀青小学校では、教員が一丸となって今年も研究を続けていきます。全教育活動を通して「主体的・対話的で深い学び」ができる授業づくりの研究です。
 教育目標は、「なかまとともに育てよう『笑顔・元気・思いやり』」です。児童だけではなく、保護者や地域の皆様とともに、「笑顔・元気・思いやりにあふれる学校・家庭・地域を持続可能にしていきたい」と考えています。
 保護者の皆様の中には、「小学校のうちは・・・」「勉強なんて・・」などとお考えの方はいませんか。
 学校生活の入門期。ここで学校での学びが楽しいと思えた子供たち、学校での学びは自分で頭を巡らせて切り開いていくものだと考えられた子供たちは、きっとこの先ずっと楽しい学校生活を主体的に過ごすことができるのではないかと考えます。
『生活の中から、自分で問題を見つけ、その解決方法を考え、実践すること』は、笑顔で生きる大人にとっても毎日必要とする力です。

E S D
Education for Sustainable Development
〜持続可能な社会づくりに向けた教育〜
「笑顔・元気・思いやり」にあふれる学校・社会を持続可能にさせるために

特色ある教育活動「亀青未来祭」

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 「亀青未来祭」が開催されました。昨年は、ご来場方法に規制がありましたが、今年度はすべての時間にいらしていただくことができました。主体的に学ぶ児童の姿と亀青小学校らしく互いを見合い・高め合い・認め合っている様子を皆様にご覧いただくことができて幸せでした。新しい学習発表会の形として、毎年行われる「亀青未来祭」を発展させていくことが私たちの務めとして今年度も臨みました。
 私は、2日ともタイムテーブルを片手に、できる限り多くの発表を見るために会場を回りました。1日目は、3年生の音楽発表から始まり、5年生・2年生の発表会場を3つ回り、6年生の音楽発表を見て、午後にゆっくり1.4年生の図画工作展を鑑賞しました。
2日目は、体育館でご挨拶させていただいた後に、急いで5年生・2年生の発表会場に向かい、前日とは異なる発表を3つ参観して、体育館に戻り6年生の演奏の後、ご挨拶をさせていただきました。児童の学習の成果と成長ぶりを次から次に参観することができ、あっという間に時間が過ぎてしまうとても有意義な2日間でした。
 エンディングの体育館で「ぜひ、来年は初めから最後の6年生の発表までご覧いただくと6年間の児童の成長の様子となかまとともに笑顔・元気・思いやりを育んでいる様子がわかっていただける」という話をさせていただいたところ、参観帰りに来賓と保護者の方に「そのように見させていただきました。子供たちの学習の成果が存分に発揮されていてとても感激しました」や「こちらは見ているだけでしたが、子供たち一人一人の躍動感を感じとることができました」という嬉しいご感想をいただくことができました。
 1年生の個性あふれる「しわしわだぞう」、2年生の質の高い気付きが含まれた「ぐんぐんそだてわたしの野さい」のICTを活用したプレゼン、3年生の心を一つにしようと取り組んだ「アンダー・ザ・シー」、4年生の創るって正に楽しい「みんなのマンション」、5年生の「SDGs〜私達にできること〜」、6年生のメッセージ性の強い「HEIWAの鐘」の歌声など、テーマ「創ろう私たちの未来、踏み出そう新たな一歩」を存分に表現できた二日間であったと思います。
 5年生の発表の中にもありましたが、SDGsとはゴールです。2030年までに達成すべき17の目標と169のターゲットです。あとわずか7年間しかありません。
大人にももちろん子供にも難しく、自分ではどうすることもできないように思ってしまうこともあります。そこでまずは、毎日、前向きに楽しく生きることです。「楽しく生きる」そのためには、「生活の中から自分で問題を見つけ、その解決方法を考え、実践する力をつけること」です。まずは、一人一人が、自分の「笑顔・元気・思いやり」を増やし、続いてなかまとともに「笑顔・元気・思いやり」を増やすことができれば、世界中が「笑顔・元気・思いやり」にあふれ、持続可能な地球になっていくのではないかといつも考えています。
 本校の『未来祭』を経験した子供たちが、その中心となって活躍してくれるよう、私たち亀青小学校の教職員は努力を重ね、日々考え・実践する力を身に付けさせていきたいと考えています。

第二回亀青未来祭

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 現在、亀青小学校のメインイベントといえば未来祭。未来を担う子供たちの学習の成果を互いに見合い、高め合うとともに、保護者や地域の皆様にご覧になっていただく文化祭です。コマーシャルでも流れてきますが「未来を創るって楽しいね」を実感して表現する機会としています。
 さて私事ですが、全く絵心などなかった小学校3年生のとき、「未来を描く」図画工作の時間がありました。制作段階のことはあまり覚えていませんが、何とその絵が区の展覧会作品に選ばれて表彰されました。その絵は、「未来の街」で、大きなカプセルの中に人が住み、その家と家の間もカプセル道路の中を未来の車が行き交うという絵でした。絵を上手く描く力など一つもなかった私の「未来」を創造した絵が入選した喜びは、今でも心に残っています。これは、中学校3年生のときに内申書の評価を一つでも上げようと美術の期末テストの勉強を眠らずにして学年一人だけ100点を採ったのに美術担当の担任に評価「3」を付けられた痛い思い出とともに忘れられない思い出です。
 次に、昭和60年に担任をした児童の話。私同様、絵が上手とは言えない児童の「未来の絵」が賞をとりました。そこに描かれていたものは正に現在の「携帯電話」です。受話器は現在よりも少し大きめでしたが、電話にさほど必要感を感じていなかった私にとっては「?」という感じでした。しかし、世の中では1985年頃にショルダーフォンなる重さ3キログラム程の携帯電話が出回り始めました。子供の発想とは凄いものだと感じるとともに、今となってはそれを現実化させる大人も凄いと思うようになりました。
 さて、亀青小学校の未来祭。簡単に申し上げると1.4年生は図画工作科、2年生は生活科、5年生は総合的な学習の時間、3.6年生は音楽科の学習発表会です。それぞれ各教科の学習の成果を発表するわけですが、その中には前段でお話ししたように各教科の特性の成果だけではなく「創造力」「表現力」「協調性」「集中力」「忍耐力」なども大いに含まれています。そしてこれらの総合的な力が「生きる力」となり、「笑顔・元気・思いやり」にあふれる学校・社会を持続可能にすると考えています。
『生活の中から、自分で問題を見つけ、その解決方法を考え、実践する力をつけること』
 何かを改善していくためには「PDCA」が大切だと言われています。しかし、プラン、ドゥー、チェック、アクションのすべては「めんどうくさい!」と言った瞬間に止まります・終わります。
 大人も子供も、生活の中から自分で課題(できないとかつまらないとか思うこと)を見つけ、その解決方法を考え、少しでも良い方向に変える実践ができたことを喜ぶこと。やらずして「めんどうくさい!」などと言わぬこと。これが「生きる力」「楽しく生活する力」だと私は考えています。亀青未来祭の中には、創造的な未来を見たり、感じたりできることがたくさんあります。 
ぜひ、未来を探しにいらしてください。

めざせ!「笑顔」であふれる亀青小学校

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 6月の葛飾教育の日、1.2時間目には各学級で「特別な教科 道徳」の授業をご覧いただき、3時間目には公開講座として図書室で道徳が「特別な教科」となったわけとこれからの道徳の授業についてお話させていただきました。そこで気づいたことがあります。 それは保護者の方々が思い描いている「小学校像」がそれぞれ違うこと、そして随分昔のイメージをおもちであるということでした。
 また、「学校」というものにあまり良いイメージをおもちでない保護者の方も多いではないかとも感じています。
 それは、なぜでしょう。保護者の皆様が通われていた学校の努力不足があったからだと私は思います。何故ならば、多くの保護者の皆様が小学校に通われていた時代には私も一教員として学校に勤務していましたが、その学校の子供たちは楽しく学校に通い、良いイメージをもっていたと思えるからです。
 道徳の授業は、近年その内容を大きく変えようとしていますが、他の教科は指導内容・方法について、この40年間で大きく変わってきています。現在の新しい学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を追究するよう求められています。しかし、すでに40年前から「主体的に学ぶ児童の育成」を考えた学習内容や方法は研究されていました。つまり、積極的に時代に合った教育を追究しようという学校とそうでない学校、積極的に研究しようとする教員とそうでない教員の差が未だに縮まらずに現在に至っているということだと考えます。
 『学校は小さな社会、大きな家族』と考えます。小さな社会と大きな家族の中で、日々学び・遊び・生活することを通して「笑顔、元気、思いやり」にあふれる児童を育んでいきます。教職員も目標に向かい、心を一つにして日々の教育活動に努めること、これが私の目標です。
 児童への意識調査の中に、「学校に行くのが楽しい」と「自分のことが好きである」という質問がよくあります。コロナが明けた今、子供たちがどうして学校に来ることが「楽しくない」と感じているのでしょうか?どうして、自分のことが「好きではない」と答えてしまうのでしょうか。朝校門で迎える子供たちの表情は様々ですが、100%とはいかなくても70%は「笑顔」で登校しており、遅刻する子供も今年度は激減しています。また、「自分のことが好きである」は、笑顔で生活できている子供ならば、自分に自信をもつこともできていると思うのですが・・・。
 しかし我々は、子供たちのこの回答をしっかりと受け止めて、「楽しい」学校、「自分のことが好きになれる」教育をしていかなければなりません。
「勉強は好きじゃないけど・・・友達がいるから楽しい。だから学校は休まない。」そんなことを言う子供もいます。「勉強は好きじゃないけど、・・・」とは言いますが、現在の学校の授業は楽しいはずです。「葛飾教師のスタンダード」にもあるように一時間の中でも子供が「主体的に活動」できる時間を確保するようになっているからです。
 学校では、これからも日々学校に行くことが楽しいと思える授業を、自己肯定感・有用感をもてる活動を展開していきます。
 ご家庭でも子供たちの話に耳を傾け、共感して聞き、できたことは認め、励ますご指導をお願いいたします。
 子供たちの『笑顔』をつくり出すのは、子供たちとかかわるすべての大人たちに与えられた使命です!

背中を見て学ぶこと

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 多くの国々で母の日、父の日は存在するようですが、日本の5月の第二日曜日が母の日で、6月の第三日曜日が父の日なのは、アメリカ合衆国にならって制定したからのようです。
 子供の頃、自家用車がなかった我が家では、父がよく電車に乗せて私をいろいろなところへ連れて行ってくれました。長期の休みには家族で旅行にも行きましたが、日曜日には、よく近場で子供が興味をもちそうな場所に連れて行ってくれました。どこに連れて行ってもらったかはよく覚えていなかったので、後で聞かれると答えられず、父をよくがっかりさせていました。どちらかというと私は、観光地よりも電車の窓から外の景色を見ていることが好きでした。
何度も何度も電車の旅をしていましたが、いつの日か、ふと気付いたことがありました。それは、父は滅多には椅子に座らないということです。私も幼児の頃は靴を脱いで、椅子にあがり、車窓から景色を見ていた記憶はありますが、小学生になった頃からは、ほとんど座った覚えはありません。
いつか遠くに出かけたときの特急電車の指定席。非常に混雑して、指定席車両の中にも立っている人がいっぱいになりました。その中に、小さな子供がいました。父はその子供に気付くとさっと立ち上がり、席を譲ろうとしました。母が「指定席なんだからいいのよ。」というと、「いいんだよ。」と言って立ち上がり、その親子を座らせてあげたのです。その姿を目の当たりにした私は、何だが恥ずかしいと同時に、誇らしげな気分になったことを今でも覚えています。何で座らないの?と聞いても父はいつも、「いいんだよ。」と言うだけでした。本当の理由は未だに分かりません。
母の足が弱って、老夫婦を車で送り迎えすることが多くなってからも、日常父は一人でよく歩き、遠くまでも自転車で出かけていました。すでに亡くなってはいますが、85歳を過ぎても、人の心配をよそに徒歩や自転車でよく遠くまで出かけていました。
「若い者は立っていろ。立っていた方が体を鍛えることができるんだ。」と私に身をもって教えてくれていたのだと今では思っていますし、思い続けます。
最近、つい席が空いていると座ろうとしてしまう自分がいますが、我慢、我慢。子供と電車で出かけたときにも、できる限り座らないことを心がけてきました。父の教えを我が子には伝えてきましたし、学級の子供たちにも伝えてきました。
まだコロナ禍を迎える前には、学校の校外学習で子供たちとともに電車で出かけることがありました。そのときどきでも、席を譲ることができる子供たちやリュックサックを前に抱えて電車に乗るように友達に勧めることができる子供たちがいました。これらは、きっと家庭で出かけたときに親が示した行動なのではないかとも思います。
言葉で教えられなくても、見て学ぶことができる子供、人をこれからも育てていきたいと思います。

入学・進級おめでとうございます!

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 新型コロナウイルス感染症対策をとりながらの生活が3年と1か月経過していますが、新年度4月、77名の1年生を迎え、全校児童476名で令和5年度の葛飾区立亀青小学校がスタートしました。宇宙船地球号の中の亀青小号の出航です。
亀青小号では、目標をもって将来的にSDGs( Sustainable Development Goals)を目指すことができる人を育てていきます。
先行き不透明な時代と言われていますが、今回のコロナウイルス蔓延における世界の対応は、持続可能な社会をつくるために必要な選択であったと考えられます。みなさん、そして子供たち一人一人は、現状をしっかり把握して確かな対応をとることができたでしょうか。日本政府は、今年5月からは新型コロナウイルス感染症を第5種伝染病と考えるようにすると言っておりますが・・・、自分が何をすべきか考えて行動ができる子供、すぐ課題に対応してくださる保護者の皆様、地域の皆様、そして学校・家庭で過ごす子供たちのことを毎日真剣に考える教職員と家庭・地域・学校が一体となって児童を育み、大きく成長させていく「力」で乗り切ってきました。
今後とも、確かな学力・体力向上について確実に成果をあげていかなければなりません。今年度も更に躍進する亀青小学校にするために、創立150周年から心新たにした、学校教育目標
「なかまとともに育てよう 笑顔・元気・思いやり」
の笑顔・元気・思いやりを、知・徳・体の調和のとれたバランスの良い児童を育成します。
今年度のスタートにあたり、始業式と入学式では、教育目標「笑顔・元気・思いやり」を子供たちと確認するとともに「笑顔・元気・思いやり」にあふれる学校・社会を持続可能にしていく人に「チーム亀青・亀青家族」として、なかまとともに成長していくことを伝えました。
[ 学習指導要領 ]
本校の持続可能な社会づくりのための教育内容は、新学習指導要領が目指す三つの柱、「生きて働く『知識・技能』の習得」「未知の状況にも対応できる『思考力・判断力・表現力等』の育成」「学びを人生や社会に生かそうとする『学びに向かう力・人間性等』の涵養」そのものです。
葛飾区教育委員会の「かつしか教育プラン(葛飾区教育振興基本計画2019〜2023)」は5年間のまとめと次年度からの準備に入ります。すべての子供たちが「わかった」「できた」「学校がたのしい」と言える教育活動を推進していきます。
[ 校内重点研究 ]
「主体的・対話的で深い学び」を追究することが必要です。今年度も、算数科を重点研究教科とするとともに、カリキュラムマネジメントと体力向上活動の研究にも努め、「クリエイティブな亀青の子」を育てていきます。
[ 羽ばたけ亀青未来祭 ]
昨年度創設した【亀青未来祭】は、亀青小学校の「学び」の総合的発表の場、文化祭です。前の年の内容を上回ることが亀青小学校の学びの成長を表します。ご期待ください。
今年度も、本校の教育活動に対するご理解・ご協力をお願いいたします。

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